2012年12月30日日曜日

BBCのタイムライン記事はニュースの日付を調べるのに便利

海外の新聞や雑誌記事、ノンフィクションの本を読んでいると、しつこいぐらいに日時や場所を書き連ねていることに気づく。海外の著者たちは、こういった日時や場所の情報をどこでゲットしているのか。たぶんBBCタイムライン(timeline)がその一つだろう。

BBCのタイムライン項目を知ったのは、ジョージソロスの"The New Paradigm for Financial Markets Large Print Edition: The Credit Crash of 2008 and What it Means"(日本版は『ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ』)がきっかけ。全部は読まなかったが、サブプライムローンの経緯を説明する章の中で、やたら詳細に日時や場所、人の情報が書かれていることに気づいた。注釈を調べてみるとサブプライムローンのタイムライン記事(BBC NEWS | Business | Timeline: Sub-prime losses)に突き当たった。


タイムライン記事は、2行ほどのニュースの説明文と、その日付順にずらっと並んでいるページだ。それぞれのニュースにリンクが付いていることも多い。
サブプライムローンのページでは、2007年2月22日に大手住宅ローン貸し付け会社のトップがクビになった記事から始まって、2008年5月15日にBarclaysが資産の評価損を出した日までのニュースを、事細かにカバーしている。これを見ると、サブプライムローンに関して当初は楽観的な発表をする金融当局が後手後手に回っていくさまを追うことができる。

そこで分かった。これは論文やブログ記事なんかのソースに使える。日時を元に何が起きたかを調べてもいいし、逆にここから日時や場所など詳細な情報を得ることもできる。感想文や批評的な記事が多い日本のブログ空間の中でも、精確な情報で差をつけることができそうだ。


実は他にも3.11の福島原発事故や、国ごとの歴史に関するタイムライン記事もある。
原発事故のタイムライン(BBC News - Timeline: Japan power plant crisis)では、一刻を争う事件だけあって、日付よりも何時何分に何が起こったかを時系列で並べている。

国に関するタイムラインは、その国に関するいくつかの項目の一つだ。基本的には各国ごとにoverview、fact、leader、media、time lineの項目がある。一見ウィキペディアに近い構成だが、ウィキペディアはどちらかというと読み物という趣が強い。こちらは資料という感じがする。
たとえば今さかんに報道されているシリアの動向は、遠い国ということもあって、いまいち分かりづらい。単発のニュースだけではどういう流れで事件が起こったのかが詳しくは分からない。そういうときに使えるのは、国の歴史に関するのタイムラインだろう。

他にも良いのがmediaという項目だ。ここではその国の主要な報道、テレビ、ラジオ、通信社の情報とそのウェブサイトへのリンクが張ってあるので、このリンク先をもとに、さらに詳しく国について調べることができる。

ただ残念なのは、タイムラインのまとめページのようなものが見あたらないこと。だからわざわざ目的の国や事件のページからタイムラインを探さないといけないように見える。どこかにまとめページが隠れているのだろうか。

2012年12月8日土曜日

なんと、ジュラシックパークのヴェロキラプトルはゴジラのようなリアルな着ぐるみだった。

リアルなCGを使った映画の先駆けとなったジュラシックパーク。当時はそれまで見たこともないような恐竜の動く姿が本当に衝撃的だった。しかし実はこの映画、当初は小さなミニチュアのコマ撮りと、実物大の動く機械模型(アニマトロニクス)で製作される予定だった。スピルバーグが製作途中にCGで作った恐竜たちに感激して、すぐさまコマ撮り路線からCGを使うことになったという。

それでもこの映画には製作当初の名残が点々と残っている。車を襲うティラノサウルスはほとんどの場面でCGではなくてアニマトロニクスが使われていた。
しかし、今回初めてStan Winston School of Character Artsで公開されたジュラシックパーク製作過程のビデオを見て驚いた。映画の中のある特定の場面では、CGでもアニマトロニクスでもなくヴェロキラプトルの着ぐるみの中に人が入って演技していたのだ。ということは、実はジュラシックパークはゴジラと同じ領域でもチャレンジしていたということになる。そのビデオがそれだ。




中はこんな感じ。人がヴェロキラプトルの首から下にすっぽりと入り込んで、足だけ出している。ラプトルの頭部と人の肩がつながっているのは、首を操作するためかもしれない。
でもこんな体勢で恐竜になりきるには、絶対にしんどいに決まってる。実際この中に入って恐竜の演技をしていたStan Winston Studioのスーパーバイザー、John Rosengrantは、何週間もの練習で腰に来ていたようだ。


最初はこうやってゴミ袋テスト(Garbage Bag Test)と呼ばれるごく簡単な発泡体で作ったものを被って感じをつかみつつ恐竜の演技練習もしていた。これくらいなら恐竜コスプレとして作れそうだが、なんともみすぼらしい姿のラプトル。ちなみに恐竜のあの独特体勢はスキーの時の姿勢を参考にしたらしい。
それでも楽しそうに動き回っていたづらを仕掛けるラプトルが見れる。



最終的にはこんなにリアルになってしまう、スタンウィントンスタジオの実力。歩くときに首が鳥のようにヘコヘコ動いたり、かみつくこともできるようになった。映画でも印象的なヴェロキラプトルのどう猛目つきもしっかりとある。


着ぐるみラプトルが活躍した実際のシーンはここ。キッチンに逃げ込む子どもたちを探してドアを開け、伸び上がりながら甲高く咆哮するシーン。実際の出番は15秒ほどだったらしいけども、着ぐるみの中にはRosengrantが入って演技をしている。


ゴジラをはじめとする日本の怪獣映画のお家芸である着ぐるみ。そこにジュラシックパークがリアルなCGを駆使して追い抜いたと思っていた。しかしこうなってくると、ジュラシックパークはCG映画の先駆けというだけにとどまらず、着ぐるみでの特殊メイクという意味でもチャレンジをしていたことが分かる。
今後ハリウッドで予定されている新しいゴジラのリメイクにも期待しているが、できることならハリウッドが総力を挙げて、CGよりむしろ着ぐるみでどこまですごいゴジラが作れるかチャレンジしてくれたら最高だが。

2012年11月14日水曜日

ハープ状の肉食深海生物が発見された。


・カルフォルニアの深海に転々とたたずむハープ、もしくはニューヨークのブルックリン橋を思い起こすような生き物。
この海綿動物の名は Chondrocladia lyra と言い、他の近縁と違って、フィルターで小さな静物を濾し取るというよりは、棒の部分のかぎ爪やトゲで小さな甲殻類を引っかけてから消化するのが特徴だという。

ハープのような形は生物によくあるように表面積を最大にするためだと考えられているという。表面積最大化といっても肺胞や毛髪のようにいろいろな形がありうるが、このハープは毛髪ほどには枝が多くない。
これは深海という栄養が少ない環境ではそこまでの表面積は必要ないということなのだろうか。それとも消化器官や生殖器と一体化しているので、太くならざるを得ないのか。

ハープの下には植物の根のようなものがあり、これで体を支えているのだろう。

・その生殖のかたちもおもしろい。長い棒の上には小さな球が付いているが、ここで精子が作られ蓄えられている。
棒の中間ほどにあるふくらみの部分には卵がある。しかしこの卵がどのように排出されるのか、またどのように新しい個体が発生するのかといったことは調べてみても分からなかった。
これからの研究によるのかもしれない。
しかし全体の形を見ると、中央が大きく端に行くほど小さくなっているので、真ん中部分から徐々に広がっていくように成長するようにも思える。

生態系の中でどのような位置づけなのかも気になる。小さな動物を食べるこの生き物も、他の生物に食べられるのだろうか。
ちなみに深海の水はとても冷たいのでDNAが分解される前に抽出することができるという(Bizarre New Deep-Sea Creatures Found Off Antarctica)。その意味では月より遠いと言える深海にも研究上の有利な部分がありそう。



・このような珍しい海綿動物が近年たくさん発見されているという。左の大きな玉を持つ生き物も最近発見された 
Chondrocladia lampadiglobus という海綿動物(Scientists describe extroardinary new carnivorous sponge

ところで海綿動物は英語でspongeと呼ばれる通り、元来はスポンジとして利用されてきたという。 ハープ状のスポンジはもしかして結構便利かもしれない。

source:New deep sea carnivorous harp sponge is unlike anything ever seen,
Scientists describe extroardinary new carnivorous sponge

2012年9月4日火曜日

トウモロコシの花粉はどうやって出来るのか。低酸素濃度がスイッチ。

2012年7月20日号のScience誌で興味深い論文が。

よく知られているように、動物は精子、植物は花粉という生殖細胞を作る。
動物の場合は早い段階から特定の生殖細胞ができている。植物の場合は葯の中のごく普通の体細胞が生殖細胞へと変化する。
だが、何がきっかけでこの変化が起こるのかはこれまで謎であった。



・本誌の載った論文「Hypoxia Triggers Meiotic Fate Acquisition in Maize」 Timothy Kelliher and Virginia Walbot によると、トウモロコシの葯の中で体細胞から生殖細胞へのスイッチとなるのは酸化状態の勾配だという。

この号には解説のページもあった。Clinton Whippleのような専門家からすると、驚きなのはそのスイッチが親から子へ伝達されるようなものではなく、単純に環境的な要因だということらしい。
単に細胞内で酸化状態が低いところに生殖細胞ができる。トウモロコシの葯は外界の空気から閉ざされている。だから典型的な例では葯の内側に生殖細胞ができる。

またこの論文ではいくつかの実験の結果を踏まえて、葯内部の酸化状態と遺伝子がどのように相互作用して生殖細胞を作るのかは、以下のような3つの流れだとしている。

① トウモロコシの葯の中に酸化還元状態の勾配ができる。通常は中心部が酸化状態が低く、外側に行くほど酸化勾配が強くなる。

② 低い酸化状態によって male sterile converted anther1 (MSCA1) タンパク質が活性化されて、細胞を生殖細胞に分化させる。

③ 葯の中心部に出来た生殖細胞が、 multiple archesporial cells1 (MAC1) を放出して、周りの体細胞がこれ以上生殖細胞にならないようにする。


・これを見ると、ハチの巣の中で多くのハチの中から女王蜂が選ばれる過程に似ているような気がする。女王蜂になれるのは、メスのハチの中でもローヤルゼリーを食べたものだけだ(ミツバチの女王蜂分化を誘導する因子ロイヤラクチンの発見)。
そのとき他のメスがこれ以上女王蜂にならないような抑制ホルモンをばらまくらしい。それによって、たった一つの生殖のためのハチと、それを支える数多くの働きバチを区別する。(ミツバチ社会のカースト制を維持する制御物質の探索

具体的にどうやって一個体だけを選んでローヤルゼリーを与えるのかは調べても分からなかった。しかし流れは似ている。
トウモロコシの葯の場合、ある一つの中心的な生殖細胞ができると、その細胞自身が抑制物質を出して、これ以上生殖細胞ができないようにする。
この共通した仕組みは、チューリングの考えた反応拡散系の一種だと言えるだろうか。


・さらに考えると、酸化の勾配がどのようにできたのかが気になる。というのも、酸化は外界の空気から来たもの以外に、細胞内部の生化学反応からも発生しそうだから。細胞自身の活動も考えたときに、植物組織内でこのような単純な勾配ができるものだろうか。

この疑問に対して、実験では直接葯の中の酸化還元勾配を調べてはいなかった。その代わりに植物組織に酸素や還元剤を与えたときに、植物組織の内側と外側のどちらに生殖細胞ができやすいかで、勾配のできやすさを調べたようだ。

また推測として、葯の中心部のほうが代謝が早いために酸素濃度が低くなっているかもしれないとしている。


・実験の後半では、実際に酸素や窒素を使って、表皮細胞に生殖細胞を作ったりと、人工的に生殖細胞の位置の操作や促進、抑制を行っていた。

このような人工的な葯形成の操作は、いまだに多くの人が手でふさを取り除く作業を強いられているトウモロコシのハイブリット種子産業などで、応用につながるかもしれない。


参考URL:
Stanford researchers solve plant sex cell mystery
Stanford researchers solve plant sex cell mystery
Hypoxia Triggers Meiotic Fate Acquisition in Maize
Transcriptome profiling of maize anthers using genetic ablation to analyze pre-meiotic and tapetal cell types

画像URL:
Maize tassel with anthers emerging credit:CIMMYT / Flickr

2012年8月30日木曜日

南極の湖底にたたずむ『コケ坊主』とは何なのか。

日経サイエンス2012年10月号で、『コケ坊主』の紹介があった。南極でコケの研究がなされているのは少しは知っていたが、具体的に何を調べているのかは知らなかった。
コケ坊主


・このコケ坊主、まずは形に特徴がある。まるで山やストロマトライトのように、丸いものが突出している。実は場所によってはとんがったものもあるらしい。

”コケ坊主を構成しているのは主にナシゴケ属(Leptobryum)のコケで,これに一部,ハリガネゴケ属(Bryum)のコケが混ざってできている。直径30〜40cm,高さが最大で80cmほどの柱のような構造物” (南極湖底の「コケ坊主」〜日経サイエンス2012年10月号より | 日経サイエンス)。
普段地上で見慣れているコケは樹の枝や地面、コンクリートにへばりついているのに対し、コケ坊主はコケが独自に集まり山のようになっている。


・どうして南極の湖にこんなものが?


”組織・器官分化が不十分で,ガス交換・水の吸収を体の表面全体で行うという特徴によるものであろう.ただし,熱帯・温帯の水中では藻類の付着を受けてしまうためにほとんど自然界での水生のコケは見つからない.水生のコケ植物が多いのは,主に高山や亜寒帯以北の冷涼な小川,湖沼中である.これらでは貧栄養や低温のため藻類の繁殖が弱く,コケ植物が場合によっては湖底や河床一面を覆っていることも知られている.”
”ほとんど水の動揺のない湖沼中で成長するコケ群落が,光を求めて上に成長してゆくためだと考えられる.南極湖沼底の「コケ坊主」
ということらしい。つまり栄養が少ないので他の植物にあまり邪魔されずにコケがここまで繁殖できるということのようだ。
ただ気になるのは、コケがこんなに大きくなるのはこの種のコケの特徴なのか、競合する他の植物が少ないから自然とこうなるのか。ここら辺がよく分からない。


・さて、この南極の湖にどれほど栄養が少ないか。日経サイエンスの記事によるとなんと5ヶ月以上も日光がろくに当たらない時期があるらしい。コケのみならず、その周りにもクマムシや線虫などいろいろな生き物がいるが、このような環境だから半ば周囲から孤絶しているようだ。そんな環境に耐えて生き続けるためにはどうやって栄養を得ればいいのか。

そういったコケ坊主をめぐる生態系を調べた「国立遺伝学研究所 南極湖底のコケ坊主生物圏におけるルビスコ遺伝子の多様性」という研究がある。
コケ坊主の中に、光合成の中心的な役割を持っているルビスコの遺伝子を調べてみたらしい。

その結果、
”光合成を行うラン藻(シアノバクテリア)由来のルビスコ遺伝子と同じくらいの頻度で化学合成細菌由来のルビスコが検出され、さらにコケ坊主の内外上下に広く分布していることが分かりました(下図)。化学合成は光合成と同様にカルビン・ベンソン回路でCO2を固定しますが、そこでは光エネルギーではなく無機物の酸化に伴う「化学エネルギー」が使われます。”
のように光合成とともに化学合成がかなり多くなされていることが分かった。ルビスコの量的には全体の半分近くが化学合成のものになっている。

ただし分からないのは、光が当たらない期間、従属栄養の生き物はこの化学合成細菌による栄養を利用するのだろうが、コケ坊主単体はどのように生きているのかという点。コケ坊主のコケはごく少量の光エネルギーだけで生きていけるということなのか。
調べることができればまた記事を書いてみたい。

画像参照:国立遺伝学研究所 南極湖沼底の生物共同体「コケ坊主」の真核微生物コミュニティー解析

2012年8月20日月曜日

氷でできた針の山ペニテンテって?


枝分かれ: 自然が創り出す美しいパターン枝分かれ: 自然が創り出す美しいパターン
(2012/02/23)
フィリップ ボール

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ペニテンテ1最近 フィリップ ボール (著)「枝分かれ: 自然が創り出す美しいパターン」 を読んでいて「ペニテンテ」というものを知った。


この異様な光景、まるで地獄の針の山にも見える。針の山は雪が固まったもので出来ている。







[地面から突き出した氷の剣林、「ペニテンテ」 : カラパイア]によると、
"ペニテンテは、イギリスの自然科学者でもあり卓越した地質学者であったチャールズ・ダーウィンが1839年に書いた文献に記されたのが最初の記録だという。ダーウィンは1935年3月22日に、南米チリのサンティアゴからアルゼンチンのメンドーサに向かう途中、スコプス山の峠近くの雪原でペニテンテを目撃した"
ということらしい。

しかしどうやってこんなものが出来たのか。実はこれを見た時には、てっきり下から成長してこのような針の形になったのかと思っていた。山が積もるポジティブフィードバックと山を削るネガティブフィードバックの兼ね合いかと。

でも実際のところこの構造は、元々雪が積もっていたところに太陽光が浴びせられて溶けることで作られるようだ。いわば山ではなく谷が出来る形だ。そう思ってみると、針の形はまっすぐとんがっているというよりは、何かがえぐれて出来た板状の氷にも見える。

他の場所でこのような構造を見ることができないのは、その気象条件にある。常に気温が氷点下であり、太陽光で溶けた氷が水にならずに直接気体化するという昇華が起きないといけない。
といっても、まだいまいち釈然としない。でも本ではすでに研究者が実験で同じ現象を再現しているようだし、冷凍庫強い光を当てれば一般の人でも再現できるようにも思えるが、どうだろう。

もう一つ気になったのはその大きさ。

人間と比べてみると氷の針はかなり大きいことが分かる。
上にも書いたように、太陽光が集まって溶けた氷の谷の集まりがペニテンテだが、どうしてこのような間隔で溶けたんだろう。
氷の集光範囲がこの大きさなのか。よく分からない。


2012年7月11日水曜日

自己増殖する雲のでき方。

雲を見ると、あれはクジラ、これは象、そっちは人間だと思えることがある。雲の形はさまざまに変わるから、生き物にさえ見えたりする。その直感は部分的には正しいかもしれない。

雲も生き物と同じように自己組織化し、自己増殖することがある。
いかに増殖するかの前に、まず一つの雲の一生を見ていこう。

・雲はどうやってできるのか。

それは地表近くの水を含んだ暖かい空気が上昇気流に乗って舞い上がることから始まる。 何がきっかけで上昇するのか。 日光に暖められることもあるし、空気が山を登るように舞い上がることもある。あるいは冷たい寒気が下からやってきて持ち上げられる。

暖かい空気は上空に舞い上がるにつれて、気圧の低さから膨張する。この膨張によってどんどん冷たくなってついに飽和水蒸気の限界まで来る。そして朝の露と同じように小さな水の粒ができてくる。

・なぜその雲が浮かんでいられるか。

水はとても小さく細かい。小さいということは大きいものに比べて表面積が大きくなる。 まるめた紙は表面積が小さく、広げた紙は表面積が大きくなる。そして広げた紙はその大きい表面積のおかげで、ヒラヒラとゆっくり落ちていく。雲が浮くのもそれに似ていて、小さく表面積の大きい水の粒が大きな要因となって、重力に反発することができる。

・ではこの雲からどう雨ができるのか。

雨には暖かい雨と冷たい雨という分け方ができる。雨が降るには雲の中の小さい水の粒が集まって大きな水滴にならないといけない。実に100万倍の体積まで成長する必要がある。
暖かい雨では、特にイオンを含むようなエアロゾルに水がくっつくことで大きく成長する。エアロゾルは火山灰や黄砂のような大気を漂う砂のような粒である。
冷たい雨ではまず雪の結晶ができて、それが溶けることで雨となる。

・さてこれが雲の典型的な一生だが、これがどう自己増殖していくか。

実は雨が地表に降り注ぐに伴って、雲から冷たい下降気流ができる。この冷たい下降気流が雲のとなりまで進出していくと、ちょうど寒冷前線のようにとなりの暖かい空気を押し上げる。
こうして雨が降っている雲のとなりに新しい雲ができあがる。もちろんこの新しい雲も同じようにとなりに雲を作ることができるから、雲がどんどん自己増殖していく。
テーパリングクラウド

実際には増殖する方向が一定で、まるで一列に並んだ騎馬軍団のように横並びになって同じ方向に進んで行くことがある。
さらに風の影響があると、『テーパリングクラウド』という構造ができたりする。これは地上の人には大変気の毒なことに、同じ場所で雲が増殖し雨が降るので、集中豪雨地域のスポットができる。

このように見ていくと、イナゴの大量発生のようにある場所で突然起こって去って行く自己増殖のメカニズムを雲も持っていることが分かる。




参考;Amazon.co.jp: 図解・気象学入門―原理からわかる雲・雨・気温・風・天気図 (ブルーバックス): 古川 武彦, 大木 勇人: 本

2012年7月7日土曜日

生物を形づくるのは遺伝子か、物理学か。

遺伝子か環境か、という二項対立がある。これは人間のような生き物のどの部分が遺伝子によって決まり、どの部分が環境によるのか、という疑問を表している。ぼくの数学の点数が低いのは遺伝子のせいか、環境のせいなのかと悩む子どももいるだろう。

一方、遺伝子か物理学かという対立も考えることができる。これはどちらかというと説明原理に関する対立で、進化vs物理学とも言える部分がある。

たとえばドール・シープの特徴的な丸まった角の形を見て、生物学者はこの丸まった角が性淘汰から雌を引きつける機能を持ったという説明をするかもしれない。物理学者や数学者ならば、いかにして丸まったかを記述する。具体的には外側の成長速度が内側より低ければ自然と丸まっていく。

進化という説明がよりどころにしている機能というものを解明するのは難しい。足が歩くためにあり、目が光を感じるために機能することは分かるが、機能は常に変化しうるし、どこまでが本当の機能と呼べるのか、数量として調査するにはあいまいさが残る。

たとえば人間の手の機能とはなんだろうか。物をつかむこと?ジェスチャーによって情報を発信すること?キーボードを打つこと? 将来には新たな機能が付加されるかもしれない。

進化よりも具体的な遺伝子という観点から見たときも、同じような問題がある。たとえばハチの巣の構造にはハチが生き残るための機能があるかもしれないが、「ハチの巣を作る遺伝子」があるのだろうか。

実際には「ハチの巣を作るアルゴリズム」はあるだろう。ハチの嗅覚や視覚や運動性、重力に対する傾向やハチ同士の認識といった、遺伝子から、結果としてハチの巣ができあがるだろう。
でも、それはハチの巣を作る遺伝子といえるのだろうか。

こういったことを踏まえると、少なくとも生き物の形態を考えるときには、その物理的な形態生成の過程も含めて考えないといけないようだ。

2012年6月12日火曜日

なぜ分子生物学実験はクソゲーなのかを考えてみた。


・ほとんどの場合、分子生物学の実験をしようとすると単調でしんどい作業が続く。基本的な操作として、遺伝子組換え、電気泳動、PCRなどがあるが、どれも同じように一つの行程でだいたい3時間異常は拘束されるだろうか。とにかく根気がいる。そこで鬱気味なったり、実験が嫌になる人は多いんじゃないかな。
でも一方で僕たちはマリオやドラクエなんかのゲームは平気で毎日何時間もできるし、クリアまでに50時間以上かかることも普通にある。それも自発的に、自分からお金を払ってプレイする。

この違いはどこから来るんだろう。最近はソーシャルゲームやWIiの成功もあるし、ゲーミフィケーションの本もたくさん出ているので、ゲーム性という観点から分子生物学の実験はどのような点がまずいのか考えてみたい。特に基本的な操作である遺伝子組換え実験を中心に見てみたい。

電子実験ノート。wiiUをプレイしながら実験しているようにも見える。
・ひとつはセーブポイントの少なさ。セーブという観点から見ると、実験にもいくつかのポイントがある。目的のDNAを含んだ大腸菌の冷凍ストック、冷蔵庫に保存しておいた電気泳動ゲル、きちんと撮影されたDNA電気泳動の写真、各種バッファーなどの溶液のストックなど。

やっぱり問題なのは電気泳動やPCRの手順にはいろいろ失敗しそうな箇所があるのに、4時間ほどの作業の後にしか実験が成功したか失敗したか分からないところだと思う。
いわばドラクエでセーブ無しで2,3個のダンジョンをクリアしろと言われているようなものだ。

・しかし考えてみると、セーブがないのに何時間もやるゲームはいろいろある。マリオやストリートファイターなどもその一例だ。特にファミコン版のマリオの場合はゲームオーバーになると最初からやりなおさないといけなくなる。 でもなぜマリオはゲームオーバーになっても何度もプレイしようと思うんだろうか。
それはたぶん失敗した原因が自分にあるというのが分かることと、その結果として次はプレイをどう改善すればいいのかを直感的に考えることができるからだと思う。

その点実験においては、失敗したとしてもその原因になりそうな箇所が多いので、失敗を目の当たりにした瞬間、何をやっていいのか分からなくて暗然となることがよくある。例えば試料にコンタミネーションがあったんじゃないか、量を測り間違えたのか、マニュアルに載っていない細かな手順があるんじゃないか、など何をどうしていいか分からなくなってしまう。

実際にはゲームでもそんな場面があるはずなのだが、その時は攻略本を見ることができる。実験における攻略本がまだ標準化されておらず、研究室内の秘伝のようなものがある現状だと、まだまだ改善の余地がありそう。

・こういったことを考えると、ゲームにおいては確実に前に進んでいるという感覚が大事なんだと思う。それはセーブに限らない。セーブがなくても、経験値、熟練、ソーシャルでのつながりといったものがあれば、着実に前に進んでいる感覚になれるんじゃないかと思う。

実験の場合、熟練というものは実験のたびに上がっている感覚はあると思う。しかし明示的な経験値やソーシャルのつながりはほとんど得られない。実験の詳細とその成功失敗の情報がネットに載せることができればソーシャルとしての情報共有に関われるし、失敗したとしても実験をする側も着実にみんなの役に立っていると思えるんじゃないか。あるいは同じ実験をいかに効率よく素早くできるかを計って競うというのはどうだろう。

いずれにしてもいかに情報をネットにあげるかというのがポイントになりそう。面倒くさいことではダメ。
そのために将来使えそうなのが、実験ノートのタブレット化だと思う。すでにタブレット形の電子実験ノートはある。E-NOTEBOOKiPad ELNといったiPadのアプリにもなっているようだ。ペンで紙に書き付けていた実験ノートをiPadのようなものに書き付けることで、その情報をネットで共有しやすくなる。



~他にもコントローラーとしてのピペットや、メニュー画面と棚の配置などについて書きたかったけど、長いので今回はここまで。~

2012年6月10日日曜日

集団生態学の個体数振動モデルについて。

ロトカ=ヴォルテラの方程式

『数学でみた生命と進化―生き残りゲームの勝者たち』カール・シグムンド (著) では集団生態学の数学モデルの章があった。 第一次大戦中のアドリア海では漁が中止されていたために、本来漁で取られていた被食者の魚増え、結果その捕食者のサメも増えたという話を聞いた数理物理学者のヴォルテラが、それを数学で表すことも難なく思いついた。 これは被食者が多くなるとそれに追いつく形で捕食者が増えるが、そのうちに被食者が食べられて減少すると捕食者もまた減少していくという、生物数の振動が追いかけっこするような形を表す。 またこの成果を拡張して、餌を多く食べる・少なく食べる、子供を多く産む・少なく生むの4つの組み合わせで捕食者と被食者の数の関係がどうなるかを表す数理モデルができたという。 そしてどうやらこの振動する関係は、外界の環境やちょっとした変動に反応してどちらがか絶滅するなどが原因で破綻することもありうるようだ。


しかしそれ以外にも被食者捕食者の関係に依存しない形で、生物数が振動するモデルもある。多くの昆虫のように、親が子を産むとすぐ死ぬような生き物では、親子が同じ時代に生きることはない。そうすると親の数が少ない場合は、一個体あたりの栄養が多くなるのでたくさんの子供を産むが、その子供の世代は数が多いので一個体あたりの栄養が少なくて子供が少なくなる。 このような理由で世代ごとに増加と減少の振動が続くモデルがある。

2012年5月4日金曜日

ポアンカレ予想とペレリマン関連の本、解釈の違い。

ポアンカレ予想・100年の格闘 ~数学者はキノコ狩りの夢を見る~ [DVD]ポアンカレ予想・100年の格闘 ~数学者はキノコ狩りの夢を見る~ [DVD]
(2010/05/28)
ドキュメンタリー

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長年にわたってどんな数学者も解くことができなかったポアンカレ予想をついに解いたのはグレゴリ・ペレリマン。話題性があるだけにいろんな本やテレビ番組が出てきた。個人的には数学にそれほど詳しくないので、本やテレビの分かりやすい解説から、ポアンカレ予想とはどういうものか、ペレリマンとはどういう人物で、なぜフィールズ賞などを辞退し、どうして現在はロシアで人と関わらないで生活しているかなどの情報を知った。

最初に見たのが上の「ポアンカレ予想・100年の格闘 ~数学者はキノコ狩りの夢を見る~」だった。この番組ではペレリマン以前にポアンカレ予想に取り組んだ数学者の話に多くの時間が割かれていた。そういった数学者の多くの人はポアンカレ予想を解こうと数学にのめり込むあまり心を病んでしまったという。最終的にポアンカレ予想を証明したペレリマンもまた心を病んでしまい、そのことがロシアで人と関わらなくなった原因だという流れになっている。
さらに番組中で、ペレリマンがアメリカに行ってポアンカレ予想をいかに解いたかを学会で発表する場面がある。その学会を聴講した他の数学者たちはペレリマンの取った方法に驚いたという。なぜならポアンカレ予想はトポロジーという数学分野の問題であるのに、ペレリマンは微分幾何学を使って説いたからだ、と番組では説明されている。

でも類書の「完全なる証明」と「ポアンカレ予想―世紀の謎を掛けた数学者、解き明かした数学者」を読むと、ペレリマンが人との関係を閉ざした理由ははっきりしていて、本人の証言もあるようだ。どうやらペレリマンがポアンカレ予想を証明した後に起こった世間のさまざまな反応、特に数学界においてペレリマンが不道徳だと感じた出来事が多かったことから数学界に失望したらしい。
たとえばハミルトンのリッチフローという手法を拡張したことが、ポアンカレ予想の証明の具体的な内容だが、ハミルトン本人はペレリマンに先を越された悔しさからか、あまりペレリマンの講演に出席したり質問したりせずにいたらしい。このことがペレリマンからすると不誠実に映ったようだ。もっというと中国人の朱熹平と曹懐東がペレリマンの功績を横取りするかたちで自分たちがポアンカレ予想を証明したと語るなど、スキャンダルも多かった。こういったこともペレリマンが数学界に失望した理由かもしれない。

ポアンカレ予想―世紀の謎を掛けた数学者、解き明かした数学者 (ハヤカワ文庫 NF 373 〈数理を愉しむ〉シリーズ)完全なる証明―100万ドルを拒否した天才数学者 (文春文庫)完全なる証明―100万ドルを拒否した天才数学者 (文春文庫)
(2012/04/10)
マーシャ ガッセン

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(2011/04/30)
ジョージ G.スピーロ

また 「ポアンカレ予想―世紀の謎を掛けた数学者、解き明かした数学者」を読んでみると、ペレリマン以前から、ハミルトンがリッチフローという微分方程式や熱という考え方をトポロジーに応用している。ペレリマンの仕事はそのリッチフローの方法のうち、葉巻型と呼ばれる形がトポロジーに応用できてないという欠点を克服したりしてハミルトンの路線を完成させたことにあるようだ。もしそうなら、NHKの番組で、微分幾何学をトポロジーに応用したことがペレリマンの革新的なところであったというのはミスリードなのかな、と思った。ちなみにエントロピーという物理学の考え方を取り入れたのはたしかにペレリマンの斬新な点ではあるみたいだけど。

2012年3月26日月曜日

簡単に生命を作り出す、コンウェイのライフゲーム


数学でみた生命と進化―生き残りゲームの勝者たち (ブルーバックス (B-1111))数学でみた生命と進化―生き残りゲームの勝者たち (ブルーバックス (B-1111))
(1996/03)
カール・シグムンド

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最近、カール・シグムンド (著)『数学でみた生命と進化』の古本を買って読んだ。1996年に初版が出たらしく古い内容だけど、それゆえにこの時期の進化学がどうなっていたか分かる。特にコンピュータを使ったシミュレーションは現在から見るとかなり初歩的に見える。
この本では生命のシミュレーションとして、コンウェイの「ライフゲーム」が紹介されていた。これはまだパーソナルコンピュータもそこまで普及していない時代で、仕事そっちのけでエンジニアやオフィスワーカーがハマっていたというゲーム。ルールは、白いセルの周辺に3つの黒いセルがあるとそのセルも黒くなり、黒くなったセルは周辺に2つか3つの黒いセルがあると黒いまま、それ以外だとふたたび白に戻る。
メカニズムは単純だけども、複雑系の要素としての正のフィードバックと負のフィードバックの相互作用によってどんどんドットの形が変化する。初期状態のほんの少しの変化が結果に大きく影響を及ぼすという意味でカオスでもある。実際にやってみると、単に直線を描いただけでも、結果としてとても複雑な動きや幾何学模様などが見えてくる。さらに左右非対称にしてみるとさらに複雑さが増す。

その動きは確かに生命に見えなくもないが、『自己組織化の経済学―経済秩序はいかに創発するか』 ポール・クルーグマン (著) の覚え書きの記事で取り上げた空間経済学のビジュアル版にも見える。ただしクルーグマンの言う都市集積は、あまり初期条件に依存しないでどのように初めても同じような形状に収束していったけど。

wikipediaによると、このライフゲームでも動きが変化しながらも周期的に同じ形を繰り返す形が発見されている。特に周期が3ステップ以上で複雑な形では以下のものがある。
パルサー八角形銀河ペンタデカストロン
さらに「生きたセルの数が無限に増えつづけるパターンはありうるか」という証明を、開発者のコンウェイ自身が懸賞金を賭けて一般に募集したところ、下のようなグライダー銃などがその一例であることが分かったという。

いずれにしても暇つぶしにもなるし、見ていて飽きないこのゲーム。個人的には少ないブロック数を少しずつ変えていってどう結果が変化するのかを見るのがおもしろい。


そのままスタートするとグライダー銃となります。いったんクリアを押して自分でいろんな形を作りスタートを押すと、それが動き出します。

2012年3月11日日曜日

切りたい場所のDNAを切れるオーダーメイドのハサミ、gene editing(ジーン・エディティング)

ある遺伝子を取り除いたり他の生き物の遺伝子を組み込むためにはDNAを切り貼りする酵素が必要です。DNAを切り取るハサミとしてよく使われるのは制限酵素です。でも制限酵素は基本的に回文構造になっているDNA配列の部分しか認識してくれません。回文はたとえば「しんぶんし」や「たけやぶやけた」みたいに前から読んでも後ろから読んでも同じになるような文です。
制限酵素でDNAを切りたいとき、ちょうど切り取りたい場所に回文配列があればいいのですが、実際にはその場所が少なすぎたり多すぎたり、また仕方ないので余分な部分を残したまま切断するしかなかったりします。

ではオーダーメイドのように狙った場所できちんと切断できるものはないのかな、と思ってたらそれがあります。

「gene editing(ジーン・エディティング)」という方法は、いままでの制限酵素ではなくzincフィンガーヌクレアーゼ(ZFNs)などを使います。このzincフィンガーはいくつかのDNA配列を一組でとして認識してくっつく性質があるので、zincフィンガータンパク質をつなげて狙ったDNA配列だけにくっつくようにすれば、あとはその場所を切断できます。
zincフィンガーヌクレアーゼを使ったジーン・エディティングは2011年の時点でヒトのHIV患者の臨床にも使われています。患者のCD4+ T細胞を取り出して、その細胞に入っているHIV感染の要因を作るCCR5遺伝子を壊し、再びT細胞を患者の体に戻すと6人中5人で免疫機能が上昇したそうです。
しかしzincフィンガータンパク質はちゃんとDNAにくっつくようにするのが難しかったり欠点もあるとのこと。

そこで新しい酵素としてtalens(transcription activator like effector nucleases)を使う方法が考えられています。この酵素はzincフィンガーと違ってDNAの配列を一ずつ認識でき、酵素同士をつなげた場合でも相互作用が少ないだから文字どおりオーダーメイドで思った通りの配列を認識できるハサミが作れることになります。ただし現状では酵素を作るのが難しかったりするみたいですが。

いずれにしても既製品としての制限酵素の役割が、すぐにジーン・エディティングに完全にとって変わられることはないでしょう。いちいちオーダーメイドで酵素を作成するよりは、DNA配列を調べてそれに合う制限酵素を冷凍庫から取り出した方が楽だからです。ですが服と同じようにニッチの要求に応えるためにはオーダーメイドはなくてはならない手段ですから、今後に期待です。

参考ウェブサイト:Targeted gene editing enters clinic

2012年2月18日土曜日

光から見た不確定性原理

ハイゼンベルグの不確定性原理は有名です。自分自身おおざっぱな説明として、運動量と位置の両方を正確に知ることができないという原理だと聞いています。式で書くと「Δx・Δp = 1/2ℏ」となります。
最近ブルーバックスの『高校数学で分かるシュレディンガー方程式』を読んでいたら、不確定性原理の他のやり方での説明がありました。
パルスというものは一瞬だけピッと立ち上がる波で、これが光の波だったりする場合、その時間が短ければ短いほど短い時間を測定することができるようになります。しかしこのパルス、数学的にどのように作るかというといろいろな波長の波を重ね合わせる必要があるらしいのです。波のエネルギーの幅を持ったものであればあるほどパルスの時間は短くなる。
ということは、パルスのような波の時間の短さとエネルギーの幅は相反する関係にあるということになります。
結局エネルギーの幅をΔE、パルスの時間をΔtとすると、上の不確定性原理に似た式「ΔE・Δt ≒ ℏ」のようになるようです。
ほぼ本からの引用ですが、これは光の波長から見た不確定性原理と言えそうですが、こちらの方が理解しやすいように思えます。

2012年1月6日金曜日

『自己組織化の経済学―経済秩序はいかに創発するか』 ポール・クルーグマン (著) の覚え書き


自己組織化の経済学―経済秩序はいかに創発するか (ちくま学芸文庫)自己組織化の経済学―経済秩序はいかに創発するか (ちくま学芸文庫)
(2009/11/10)
ポール クルーグマン

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『自己組織化の経済学』は、空間経済学や新しい貿易理論などの業績でノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン自身が万人向けに書いた、経済学における複雑系の本です。複雑系と言っても取り上げられるのは空間経済学あるいは都市経済学が主です。つまり都市というものがいかに形成されるか、都市の大きさに関する経験的なデータをどのようにモデルで説明するかなどです。ここで取り上げられている理論について、覚え書きをしたいと思います。

複雑系とはどのようなものか。1.正と負のフィードバックの絡み合う 2.創発する 3.自己組織化する ものであり、これらは互いに関連している。
1.収穫逓減のような負のフィードバックによって支配されているという仮定のもとでは一般均衡理論のように収束するが、収穫逓増のように正のフィードバックでは独占を生むし、逓減と逓増の相互作用があればもっと複雑な動きをする。
2.そのような複雑な動きがある閾値に達すると、突如として新しい性質が創発される。大きな見方をするならば、ある経済理論が成功したと言えるのは、ある程度常識的な仮定と推論からいままで思いもしなかったような結果が創発されること、と言えるかも知れない。
3.それぞれの個人が自己の利益拡大を考えて市場に参加するだけで、見えざる手によって効率が最大になるという経済学での古典的な説明は、言い方を変えると自己組織化であり、そういったバラバラに見えるものがいかに秩序を形作るかということを、経済学の複雑系研究でも行われる。

ではどのような空間経済学・都市経済学の理論があるのか。
フォン・チューネンモデルでは、中心にある街にさまざまな農作物を売る農民のことを考えたとき、街に近ければ輸送費は少ないが土地代が高くなるとする。輸送費と生産高の関係によって、作物ごとに街を中心にして同心円状に農地が広がることになる。これは市場競争による創発と言えるかも知れないが、街の存在をあらかじめ仮定しているので、なぜ都市が形成されるかと言った疑問に答えることができず、都市経済学としては弱点がある。

中心地理論では、均等に散らばった農村に対して、企業が取引をする。企業は規模の経済性が働き集積していくが、そうなると農村への距離から輸送費用がかさむようになる。このような状況では中心地が格子状で均等に分布する。しかしどのような動因でどのようにこのような秩序になるかはこの理論では説明できていないという。しかし本の後半では、これもモデルの内生的な動きによって説明しようとしている。

シェリングの分離モデルは、黒人と白人のような2種類の人々が当初、土地の中を均等でばらばらに混ざり合って住んでいたとして、自分が白人として近隣の中でマイノリティーじゃなければ住居を変える必要はないといった、そこまで積極的な人種差別意識がなかったとしても、結果的には白人と黒人の2つの住居地帯に分離されるというもの。

エッジ・シティーモデルでは、企業同士が求心力と遠心力という正と負の関係を持ち合わせていて、求心力の方が遠心力より近い距離で強く働くとする。これはショッピングモールのようにとても近い場所で店を構えるならお互いの利益になるが、中途半端に離れていたりするとライバル同士になるといった例に見立てることができる。この場合、他の企業がどう立地しているかが、企業の立地の良し悪しとなり、正と負のフィードバックが絡み合う。初期の企業の立地をほぼ均等にしてコンピュータでシミュレーションすると、時間が先に行くほどある2つの山が出来てきて、ついにはただ2つの立地にすべての企業が集積する。なぜある2つの立地になるかは初期のころの企業集積のゆらぎによって決まる。ゆらぎを波の合成のパラメーターとすると、その波の周波数が2なら最終的な立地が2つ、4なら4つとなる。しかし企業の期待形成などの要素をモデルに含んでいないなどの欠点がある。

経験的なデータとして、都市の大きさの順位と都市の人口を対数でグラフにすると、ほぼ綺麗に反比例する。つまり全国で2番目に大きい都市は1番目に大きい都市の半分の人口を持つ。このように順位が下がるごとに人口がどんどん小さくなっていく。これは経済学では珍しいほどきれいな関係で、ジップ法則という。実はこのような関係は、ある大きさ以上の隕石落下確率や地震規模と頻度など他の事例でも見ることができる。これらは規模とは無関係なランダムな成長が起こるものによく見られるという。
経済学では一種の仮説としてサイモンのストーリーがある。ある集団と群があったとき、群は一定の確率で集団に加わるか他の場所で新しい都市を作るとする。さらに集団が大きいほど群が加わる確率が高くなる。群を起業家と見なすことも出来る。このとき、コンピュータのシミュレーションによるとジップ法則に似たグラフが得られるという。

※また、今日見た名古屋大学の記事では、サッカーの試合において、パスをした人とパスの回数の関係がジップ法則と同じベキ則に従っていて、しかもそのパスネットワークの中心となるハブが時間によって変化していくらしいです。ジップ法則はネットワークのハブとも関係するんですね。

2012年1月5日木曜日

モーペルテュイの最小作用教 最小作用の原理と最善世界


数学は最善世界の夢を見るか?――最小作用の原理から最適化理論へ数学は最善世界の夢を見るか?――最小作用の原理から最適化理論へ
(2009/12/18)
イーヴァル・エクランド

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『数学は最善世界の夢を見るか』イーヴァル・エクエンド(著)では、モーペルテュイという人物をハイライトにしてニュートン力学から解析力学、カオスや量子力学など近代物理学の歩みを描いていました。
モーペルテュイという名前は初めて見ました。18世紀の有名なライプニッツやヴォルテールと同時代に生きていて、ニュートン力学とデカルト力学の論争(地球が南北に長いのか東西に長いのか)を確かめるために北極まで探検をしたそうです。彼の身分はベルリン科学アカデミーの院長というとても高いものでしたが、性格は謙虚さに欠け、敵も多い人だったようです。

このモーペルテュイですが、光は最小時間でたどり着ける経路を通るというフェルマーの原理に触発されて、最小作用の原理が世界を支配していると考えます。つまり神は世界のあらゆるものの作用を最小にする、言い換えると最善となるように導いているというものです。いわば最小作用教とも言える着想です。この考え方は当時の人からも反発が大きかったようです。特に激しく攻撃したのがヴォルテールで、彼が書いた文書にはあらゆるレトリックを使ってモーペルテュイを皮肉っています。結果モーペルテュイは大言壮語の男として笑いものにされます。

話はこれで終わったかに見えますが、彼の考えた普遍的な法則としての最小作用の原理の考え方は、形を変えながらも後のオイラー、ラグランジュ、ポアンカレ、さらには量子力学のファインマンにまで引き継がれます。もちろん彼の考えた神による最善世界の導きは否定されています。たとえば最小作用が谷だとしたら、光や物体が通る経路は谷だけでなく峠のような中間にある踊り場になることもあります。これを停留点と呼ぶと、結局は最小作用というものは普遍的なものではなく、エネルギー的に留まるところがあればいいわけです。このことによって最小作用=最善というモーペルテュイの考えは大きなダメージを受け捨て去られます。

この議論は、経済学の成長理論に何か似てる気がします。経済が恒常成長する条件として、貯蓄性向sと資本係数vの比がちょうど労働力の成長率nと同じでなければいけない(s/v=n)という条件が導き出されるのですが、これらは相互に連関のないものとして扱われています。この一致は黄金率と言われ、偶然や奇跡以外には実現が不可能に見えます。しかしモデルを組み直して何かの調節メカニズムによって黄金律へ近づくという説明ができれば、この奇跡のような黄金率は奇跡でもなんでもないことが分かります。
いわばモーペルテュイはこういったモデルの再考やモデルの適用範囲の検討をあまりせずに、得られた結果から奇跡の存在を簡単に信じてしまったと言うことができると思います。

とは言え、『数学は最善世界の夢を見るか』では、モーペルテュイという人物の卑小さにスポットを当てながらも、近代科学の原理を着想した人としての評価は保持します。このミスマッチがおもしろかったです。