2012年9月4日火曜日

トウモロコシの花粉はどうやって出来るのか。低酸素濃度がスイッチ。

2012年7月20日号のScience誌で興味深い論文が。

よく知られているように、動物は精子、植物は花粉という生殖細胞を作る。
動物の場合は早い段階から特定の生殖細胞ができている。植物の場合は葯の中のごく普通の体細胞が生殖細胞へと変化する。
だが、何がきっかけでこの変化が起こるのかはこれまで謎であった。



・本誌の載った論文「Hypoxia Triggers Meiotic Fate Acquisition in Maize」 Timothy Kelliher and Virginia Walbot によると、トウモロコシの葯の中で体細胞から生殖細胞へのスイッチとなるのは酸化状態の勾配だという。

この号には解説のページもあった。Clinton Whippleのような専門家からすると、驚きなのはそのスイッチが親から子へ伝達されるようなものではなく、単純に環境的な要因だということらしい。
単に細胞内で酸化状態が低いところに生殖細胞ができる。トウモロコシの葯は外界の空気から閉ざされている。だから典型的な例では葯の内側に生殖細胞ができる。

またこの論文ではいくつかの実験の結果を踏まえて、葯内部の酸化状態と遺伝子がどのように相互作用して生殖細胞を作るのかは、以下のような3つの流れだとしている。

① トウモロコシの葯の中に酸化還元状態の勾配ができる。通常は中心部が酸化状態が低く、外側に行くほど酸化勾配が強くなる。

② 低い酸化状態によって male sterile converted anther1 (MSCA1) タンパク質が活性化されて、細胞を生殖細胞に分化させる。

③ 葯の中心部に出来た生殖細胞が、 multiple archesporial cells1 (MAC1) を放出して、周りの体細胞がこれ以上生殖細胞にならないようにする。


・これを見ると、ハチの巣の中で多くのハチの中から女王蜂が選ばれる過程に似ているような気がする。女王蜂になれるのは、メスのハチの中でもローヤルゼリーを食べたものだけだ(ミツバチの女王蜂分化を誘導する因子ロイヤラクチンの発見)。
そのとき他のメスがこれ以上女王蜂にならないような抑制ホルモンをばらまくらしい。それによって、たった一つの生殖のためのハチと、それを支える数多くの働きバチを区別する。(ミツバチ社会のカースト制を維持する制御物質の探索

具体的にどうやって一個体だけを選んでローヤルゼリーを与えるのかは調べても分からなかった。しかし流れは似ている。
トウモロコシの葯の場合、ある一つの中心的な生殖細胞ができると、その細胞自身が抑制物質を出して、これ以上生殖細胞ができないようにする。
この共通した仕組みは、チューリングの考えた反応拡散系の一種だと言えるだろうか。


・さらに考えると、酸化の勾配がどのようにできたのかが気になる。というのも、酸化は外界の空気から来たもの以外に、細胞内部の生化学反応からも発生しそうだから。細胞自身の活動も考えたときに、植物組織内でこのような単純な勾配ができるものだろうか。

この疑問に対して、実験では直接葯の中の酸化還元勾配を調べてはいなかった。その代わりに植物組織に酸素や還元剤を与えたときに、植物組織の内側と外側のどちらに生殖細胞ができやすいかで、勾配のできやすさを調べたようだ。

また推測として、葯の中心部のほうが代謝が早いために酸素濃度が低くなっているかもしれないとしている。


・実験の後半では、実際に酸素や窒素を使って、表皮細胞に生殖細胞を作ったりと、人工的に生殖細胞の位置の操作や促進、抑制を行っていた。

このような人工的な葯形成の操作は、いまだに多くの人が手でふさを取り除く作業を強いられているトウモロコシのハイブリット種子産業などで、応用につながるかもしれない。


参考URL:
Stanford researchers solve plant sex cell mystery
Stanford researchers solve plant sex cell mystery
Hypoxia Triggers Meiotic Fate Acquisition in Maize
Transcriptome profiling of maize anthers using genetic ablation to analyze pre-meiotic and tapetal cell types

画像URL:
Maize tassel with anthers emerging credit:CIMMYT / Flickr