2012年1月6日金曜日

『自己組織化の経済学―経済秩序はいかに創発するか』 ポール・クルーグマン (著) の覚え書き


自己組織化の経済学―経済秩序はいかに創発するか (ちくま学芸文庫)自己組織化の経済学―経済秩序はいかに創発するか (ちくま学芸文庫)
(2009/11/10)
ポール クルーグマン

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『自己組織化の経済学』は、空間経済学や新しい貿易理論などの業績でノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン自身が万人向けに書いた、経済学における複雑系の本です。複雑系と言っても取り上げられるのは空間経済学あるいは都市経済学が主です。つまり都市というものがいかに形成されるか、都市の大きさに関する経験的なデータをどのようにモデルで説明するかなどです。ここで取り上げられている理論について、覚え書きをしたいと思います。

複雑系とはどのようなものか。1.正と負のフィードバックの絡み合う 2.創発する 3.自己組織化する ものであり、これらは互いに関連している。
1.収穫逓減のような負のフィードバックによって支配されているという仮定のもとでは一般均衡理論のように収束するが、収穫逓増のように正のフィードバックでは独占を生むし、逓減と逓増の相互作用があればもっと複雑な動きをする。
2.そのような複雑な動きがある閾値に達すると、突如として新しい性質が創発される。大きな見方をするならば、ある経済理論が成功したと言えるのは、ある程度常識的な仮定と推論からいままで思いもしなかったような結果が創発されること、と言えるかも知れない。
3.それぞれの個人が自己の利益拡大を考えて市場に参加するだけで、見えざる手によって効率が最大になるという経済学での古典的な説明は、言い方を変えると自己組織化であり、そういったバラバラに見えるものがいかに秩序を形作るかということを、経済学の複雑系研究でも行われる。

ではどのような空間経済学・都市経済学の理論があるのか。
フォン・チューネンモデルでは、中心にある街にさまざまな農作物を売る農民のことを考えたとき、街に近ければ輸送費は少ないが土地代が高くなるとする。輸送費と生産高の関係によって、作物ごとに街を中心にして同心円状に農地が広がることになる。これは市場競争による創発と言えるかも知れないが、街の存在をあらかじめ仮定しているので、なぜ都市が形成されるかと言った疑問に答えることができず、都市経済学としては弱点がある。

中心地理論では、均等に散らばった農村に対して、企業が取引をする。企業は規模の経済性が働き集積していくが、そうなると農村への距離から輸送費用がかさむようになる。このような状況では中心地が格子状で均等に分布する。しかしどのような動因でどのようにこのような秩序になるかはこの理論では説明できていないという。しかし本の後半では、これもモデルの内生的な動きによって説明しようとしている。

シェリングの分離モデルは、黒人と白人のような2種類の人々が当初、土地の中を均等でばらばらに混ざり合って住んでいたとして、自分が白人として近隣の中でマイノリティーじゃなければ住居を変える必要はないといった、そこまで積極的な人種差別意識がなかったとしても、結果的には白人と黒人の2つの住居地帯に分離されるというもの。

エッジ・シティーモデルでは、企業同士が求心力と遠心力という正と負の関係を持ち合わせていて、求心力の方が遠心力より近い距離で強く働くとする。これはショッピングモールのようにとても近い場所で店を構えるならお互いの利益になるが、中途半端に離れていたりするとライバル同士になるといった例に見立てることができる。この場合、他の企業がどう立地しているかが、企業の立地の良し悪しとなり、正と負のフィードバックが絡み合う。初期の企業の立地をほぼ均等にしてコンピュータでシミュレーションすると、時間が先に行くほどある2つの山が出来てきて、ついにはただ2つの立地にすべての企業が集積する。なぜある2つの立地になるかは初期のころの企業集積のゆらぎによって決まる。ゆらぎを波の合成のパラメーターとすると、その波の周波数が2なら最終的な立地が2つ、4なら4つとなる。しかし企業の期待形成などの要素をモデルに含んでいないなどの欠点がある。

経験的なデータとして、都市の大きさの順位と都市の人口を対数でグラフにすると、ほぼ綺麗に反比例する。つまり全国で2番目に大きい都市は1番目に大きい都市の半分の人口を持つ。このように順位が下がるごとに人口がどんどん小さくなっていく。これは経済学では珍しいほどきれいな関係で、ジップ法則という。実はこのような関係は、ある大きさ以上の隕石落下確率や地震規模と頻度など他の事例でも見ることができる。これらは規模とは無関係なランダムな成長が起こるものによく見られるという。
経済学では一種の仮説としてサイモンのストーリーがある。ある集団と群があったとき、群は一定の確率で集団に加わるか他の場所で新しい都市を作るとする。さらに集団が大きいほど群が加わる確率が高くなる。群を起業家と見なすことも出来る。このとき、コンピュータのシミュレーションによるとジップ法則に似たグラフが得られるという。

※また、今日見た名古屋大学の記事では、サッカーの試合において、パスをした人とパスの回数の関係がジップ法則と同じベキ則に従っていて、しかもそのパスネットワークの中心となるハブが時間によって変化していくらしいです。ジップ法則はネットワークのハブとも関係するんですね。

2012年1月5日木曜日

モーペルテュイの最小作用教 最小作用の原理と最善世界


数学は最善世界の夢を見るか?――最小作用の原理から最適化理論へ数学は最善世界の夢を見るか?――最小作用の原理から最適化理論へ
(2009/12/18)
イーヴァル・エクランド

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『数学は最善世界の夢を見るか』イーヴァル・エクエンド(著)では、モーペルテュイという人物をハイライトにしてニュートン力学から解析力学、カオスや量子力学など近代物理学の歩みを描いていました。
モーペルテュイという名前は初めて見ました。18世紀の有名なライプニッツやヴォルテールと同時代に生きていて、ニュートン力学とデカルト力学の論争(地球が南北に長いのか東西に長いのか)を確かめるために北極まで探検をしたそうです。彼の身分はベルリン科学アカデミーの院長というとても高いものでしたが、性格は謙虚さに欠け、敵も多い人だったようです。

このモーペルテュイですが、光は最小時間でたどり着ける経路を通るというフェルマーの原理に触発されて、最小作用の原理が世界を支配していると考えます。つまり神は世界のあらゆるものの作用を最小にする、言い換えると最善となるように導いているというものです。いわば最小作用教とも言える着想です。この考え方は当時の人からも反発が大きかったようです。特に激しく攻撃したのがヴォルテールで、彼が書いた文書にはあらゆるレトリックを使ってモーペルテュイを皮肉っています。結果モーペルテュイは大言壮語の男として笑いものにされます。

話はこれで終わったかに見えますが、彼の考えた普遍的な法則としての最小作用の原理の考え方は、形を変えながらも後のオイラー、ラグランジュ、ポアンカレ、さらには量子力学のファインマンにまで引き継がれます。もちろん彼の考えた神による最善世界の導きは否定されています。たとえば最小作用が谷だとしたら、光や物体が通る経路は谷だけでなく峠のような中間にある踊り場になることもあります。これを停留点と呼ぶと、結局は最小作用というものは普遍的なものではなく、エネルギー的に留まるところがあればいいわけです。このことによって最小作用=最善というモーペルテュイの考えは大きなダメージを受け捨て去られます。

この議論は、経済学の成長理論に何か似てる気がします。経済が恒常成長する条件として、貯蓄性向sと資本係数vの比がちょうど労働力の成長率nと同じでなければいけない(s/v=n)という条件が導き出されるのですが、これらは相互に連関のないものとして扱われています。この一致は黄金率と言われ、偶然や奇跡以外には実現が不可能に見えます。しかしモデルを組み直して何かの調節メカニズムによって黄金律へ近づくという説明ができれば、この奇跡のような黄金率は奇跡でもなんでもないことが分かります。
いわばモーペルテュイはこういったモデルの再考やモデルの適用範囲の検討をあまりせずに、得られた結果から奇跡の存在を簡単に信じてしまったと言うことができると思います。

とは言え、『数学は最善世界の夢を見るか』では、モーペルテュイという人物の卑小さにスポットを当てながらも、近代科学の原理を着想した人としての評価は保持します。このミスマッチがおもしろかったです。